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番
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Hint
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Answer
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1
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張角の弟。妖術を使い官軍を翻弄するも劉備に討たれる。
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張宝
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2
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張角の弟。3と4の討たれる。
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張梁
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3
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後漢の左中郎将。異民族・黄巾討伐で大功を挙げる。
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皇甫嵩
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4
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後漢の右中郎将。3と同じく黄巾討伐で活躍。
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朱儁
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5
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劉備というSSRを募兵で当てた。黄巾後は益州に地盤を広げる
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劉焉
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6
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後漢皇帝。7らに振り回され、後に死去。
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霊帝
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7
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宦官。十常侍の代表格であり、長らく宮中を牛耳った。
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張譲
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8
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最後の後漢皇帝。董卓、曹操と次々に覇権を握られ、最後は魏に禅譲(簒奪)される。
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献帝
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9
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幽州に割拠した武将。白馬義従を率いて異民族を討伐。しかし袁紹に討たれる。
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公孫瓚
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10
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徐州に割拠した。劉備に徐州を譲った。
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陶謙
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11
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群雄。董卓の残党を集めて挙兵。18の助言により曹操を何度も撃ち破る。
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張繍
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12
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後漢の司徒。董卓暗殺を呂布ともくろみ成功。しかし14らに殺された。
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王允
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13
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架空の人物。12の養子で、董卓にハニトラを仕掛ける。その後は呂布の側室となる。
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貂蝉
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14
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董卓配下。董卓死後に12を討ち、宮中を牛耳る。しかし曹操に敗北。以後は没落。
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李傕
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15
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五斗米道の2代目指導者。天険・漢中に地盤を持ち、劉璋や曹操を悩ませた。
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張魯
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16
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曹魏の初代皇帝。積極的な対外政策をする。しかし40歳で死亡。
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曹丕
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17
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曹魏の2代皇帝。司馬懿を用いて諸葛亮の北伐を食い止める。しかしこちらも30代で早逝。
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曹叡
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18
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涼州の出身。董卓と11に仕えたのち、曹操に仕える。凄腕の参謀であり、数々の助言をした。
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賈詡
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19
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董卓暗殺を企て投獄される。しかし董卓が殺されたため出所し、曹操に召し出され参謀となる。
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荀攸
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20
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見事な采配で関羽を撃破した勇将。元々楊奉に仕えていたが曹操に寝返る。
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徐晃
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21
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曹操の親戚。武勇に優れ、数々の手柄を立てた。曹操から荊州の守りを任されるが諸葛亮の策に敗退。
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曹仁
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22
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曹操の親戚。曹操に養育され、可愛がられた。後に北伐阻止を任されるが諸葛亮の前に敗退。
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曹真
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23
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曹操の親戚。曹操に可愛がられ、「千里の駒」と賞賛された。しかし石亭の敗北の恥ずかしさで死亡。
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曹休
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24
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曹操の初代ボディーガード。「悪来」と評された。曹操からの信頼も厚かったが張繍に討たれる。
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典韋
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25
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曹操の2代ボディーガード。長らく曹操を護衛した。潼関では馬超ともほぼ対等に渡り合った。
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許褚
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26
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元は馬超に仕えていたが後に曹操に降伏。以後は関羽とも互角の戦いを見せるが関羽に討たれる。
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龐徳
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27
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名将。蜀を撃ち破り、成都に一番乗りの大功を挙げる。しかし28と34の混乱の間に殺害される。
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鄧艾
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28
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鍾繇の子。策に優れるも、司馬昭から信頼されていなかった。そして後に34と結託して乱を起こす。
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鍾会
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29
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対呉のエキスパート。敵の陸抗との信頼関係は有名。
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羊祜
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30
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呉討伐の貢献者の一人。「破竹の勢い」を生み出したのは彼。
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杜預
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31
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蜀漢の2代皇帝。無能っぷりは有名であり、幼名の「阿斗」が現在中国で無能の代名詞となっている。
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劉禅
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32
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劉備に仕えた軍師。積極策を推し、対劉璋戦では劉備に付き添う。しかし落鳳坡で張任により射殺。
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龐統
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33
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韓玄を殺して劉備に仕えるも、早々に諸葛亮に裏切り者呼ばわりされる。その後的中する。
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魏延
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34
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諸葛亮の軍事面の後継者。北伐を繰り返し、蜀漢の国力を大きく疲弊させる。
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姜維
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35
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諸葛亮の内政面での後継者。北伐に慎重な姿勢を敷いた。
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蒋琬
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36
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35の後継者。内政の腕は優れているものの酒癖が悪く降将・郭循に殺される。
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費禕
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37
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内政に優れてい、諸葛亮死後の蜀漢を支えた。また31に厳しく諫言をする人でもあった。
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董允
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38
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馬超の親戚。武名が高く、諸葛亮に信頼され、33を殺す役目を任された。
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馬岱
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39
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南方の異民族の将。蜀漢に大規模反乱を起こす。しかし諸葛亮に心から信服し、反乱をやめた。
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孟獲
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40
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悪名高い宦官。初めは37に勢力が抑えられていたが37死後に躍進。蜀漢滅亡の要因にもなった。
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黄皓
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41
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蜀漢の南方異民族対策のエキスパート。何度も異民族の反乱を鎮圧した。姜維の被害者でもある。
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張嶷
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42
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関羽の三男。対呉戦線や北伐で活躍。しかし若くして死去。
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関興
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43
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張飛の息子。42と義兄弟の契りを結ぶ。しかしこちらも若くして死去。
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張苞
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44
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蜀漢の軍師。元は劉璋に仕えていたが失望し益州を売り渡す。策を使い夏侯淵を討ち取るなど活躍した。
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法正
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45
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劉備に仕えていたが程昱の策により曹操に仕官。以後も重役を歴任した。
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徐庶
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46
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劉繇に仕えていたが後に孫策に仕官。孫策とも対等に渡り合った。その後魏攻めの際に死亡。
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太史慈
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47
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元々黄祖に仕えていたが寝返り孫権に仕官。「一番乗り!」などの名言を生み出した。
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甘寧
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48
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47に父の凌操が殺されたことから険悪な仲であったが孫権の仲介で後に和解。活躍した。
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凌統
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49
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孫呉の武将。孫権の腹心を務めている。また曹仁や沙摩柯を一騎打ちで撃ち破っている。
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周泰
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50
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56と対となっていることが多い。演義では孫夫人に一喝させられる情けない役。
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徐盛
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51
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「苦肉の計」で有名。孫堅時代からの古参であり、水泳の達人。
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黄蓋
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52
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潘璋と共に関羽を捕縛。演義では夷陵で趙雲に斬られ死亡するが正史ではあと20年以上活躍している。
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朱然
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53
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孫堅時代からの古参。孫堅が劉表に討たれた際も残兵を纏め上げている。
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程普
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54
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古参の臣。太刀を奮って戦う。何気に夷陵まで生きて不満を漏らしたりもしている。
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韓当
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55
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諸葛亮の兄。孫権に仕え、深く信頼された。劉備との交渉役も担うが弱腰として描かれている。
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諸葛瑾
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56
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孫呉の老臣。赤壁時から登場し、58一族討伐時まで生きている。武功も多く、張遼に致命傷を負わせた。
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丁奉
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57
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55の息子。才知に恵まれ、名が高かった。しかし高慢なところを55も嫌っていたそう。
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諸葛恪
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58
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孫権一族。諸葛恪一族を誅して、実権を握る。暴虐であり、ツケは子の孫綝が払うことになる。
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孫峻
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59
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陸遜の息子で名将。長らく対晋の前線を任される。そのため彼死亡後に孫呉は滅亡を迎えることになる。
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陸抗
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60
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孫呉の最後の皇帝。若い頃は名君と賞賛されていたが、晩年は暴君になり孫呉の滅亡を招く。
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孫皓
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